「働く想い」みたいなことの受け皿の話
今回は気持ちのお話ですが、なんとなく書き留めておきたかったので書くことにします。
最近、キャリアの浅い子と話すことが多いんです。
その中で、
「こんな風に働きたいんだ」
「誰かを助けたいんだ」
みたいなことをはっきり持っている子が多いことに少し驚きました。
驚くということは、自分がこの出来事に対して期待していなかった証明でもあります。反省も反省ですね。
ゆとり世代、さとり世代、ミレニアム世代って言われる世代だけど、ただ表現していないんだけなんだなと痛感した次第です。
本当は想いがあるんだけど、「受け皿」がないんだなって。
人生の豊かさとか楽しさを考えたときに、人は自分の理想にできるだけ近い状態で働くのが一番だと思います。人にもよりますけど、多くの人にとって働く時間って人生の中でかなりの割合ですからね。
そして、そこをサポートするのは経験をより多く持つ人の務めだと思います。
(僕の場合、恩返しの一部であったりする)
このスタートに立つには、まず本人から想いを教えてもらわなきゃいけないですよね。
教えてもらうコツはなんだろうかと考えると、自分がまず話すことなんですよねきっと。
あぁここで話してもいいんだと安心してもらう必要があるのだと思う。
ある日、こんなことを言われたことがあるんですよね。
「自分の想いを話そうとした時に、周りとの温度差を意識してしまう。嗤われるまでは言わないけど、"言わないでおこっ"てなる。」
そういえば、僕も言われたことあります。確かに思い当たる。思い出した。
「熱いねー」
「ストイックだねー」
わかる気がする。ニュアンスは一緒だと感じます。
(褒め言葉で言ってくれているのと、そうでないのはなんとなく違います。その後者のニュアンス)
現実には、そんなに想いを持たずに働いている人もいますし、それも正解の一つだと思います。
「働く価値感」って人の数だけありますから。
なので、どこでも話していく必要があるかと言うとそんな必要はないですが、少なくともそのような想いを当たり前に受け止めたいし、少しでも実現のお手伝いをしたいなと思うこの頃です。
「受け皿」がもっと増えると、より働きやすくなるのかもしれないですねー。
雑談終わり。